高知地方裁判所 昭和61年(ワ)39号 判決 1990年2月07日
原告
十萬道子
被告
光明院隆
主文
一 被告は原告に対し、二三〇万八四四五円及びこれに対する昭和六〇年一月一三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
四 この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 原告
1 被告は原告に対し、二五〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月一三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二主張
一 原告の請求原因
1 事故の発生
原告は、昭和五八年一〇月八日午後三時一五分ころ、高知市介良乙一八九四番二号先県道(以下、本件事故現場という)を自転車(以下、原告自転車という)で南から北へ横断中、西進してきた被告の妻光明院章子(以下、章子という)が運転する軽四輪貨物自動車(高知四〇こ四八一八、以下、光明院車という)に衝突され、脳挫傷、左基底核部脳内出血等の傷害を負つた。
2 被告の責任
被告は、本件加害自動車の保有者であるので、本件交通事故につき、自動車損害賠償保障法第三条の運行供用者として、原告が本件交通事故により被つた損害を賠償すべき責任がある。
3 損害
(一) 原告は、本件事故による受傷のため事故当日近森病院に収容され翌一〇月九日脳内血腫除去の手術をうけたが、右片マヒ、自発語の低下など言語機能の低下がみられ、左記のとおり入通院治療を継続し昭和六〇年一月一二日症状固定した。原告の現症状は、脳障害のため知能(殊に推理力・思考力・理解力劣る)が著しく低下し、また右上下肢の痙性麻痺・知覚障害、右手機能全廃、右跛行(片麻痺歩行)など後遺障害等級第三級三号の後遺障害を負うに至つた。
(1) 昭和五八年一〇月八日から五九年一月一二日まで(九七日)近森病院入院
(2) 昭和五九年一月一二日から同年四月九日まで(八九日)近森病院分院入院
(3) 同年四月一〇日から四月一六日まで(七日)求道実行会密教ヨガ修道場入院研修
(4) 同年四月一八日近森病院通院
(5) 同年五月四日以降(但し、症状固定までは、二五四日)高知県立子鹿園入院
(二) 原告は、本件事故により左のとおり損害を被つた。
(1) 治療費(八七五〇円)
原告の治療費は、父善守加入の健康保険より療養の給付をうけたが、高知医大附属病院に八七五〇円を支払つた。
(2) 付添費(七〇万一一〇〇円)
原告の近森病院入院期間中は、重傷かつ児童であるため全期間付添が必要であり、父母及び職業付添婦が付添つた。父母の付添期間は、昭和五八年一〇月八日から同年一一月末日までの五四日間と同年一二月一日以降の付添婦の休日二八日間の合計八二日間である。父母の付添費用は、事故から一一月末まで五四日間は一日六〇〇〇円、一二月一日から一月末まで一八日間は一日四〇〇〇円、二月一日から退院まで一〇日間は一日一五〇〇円を相当とする。
よつて付添費用は、付添婦支払分二九万〇一〇〇円、父母の付添費四一万一〇〇〇円の合計七〇万一一〇〇円となる。
(3) 入院雑費(四四万六〇〇〇円)
一日一〇〇〇円を相当とするところ、症状固定までの入院日数は四四六日であるので、合計四四万六〇〇〇円となる。
(4) 逸失利益
原告は本件事故により前記後遺障害を残し終身労働能力の一〇〇パーセントを喪失するに至つた。原告は、症状固定時満一一歳の年少者であるので賃金センサス第一巻第一表の女子の全年令平均給与額を基礎として逸失利益を算定すると、左のとおり四三五二万円(一万円未満切捨て)となる。
176,500円×12×100/100×20.5491=4352万2993円
新ホフマン係数
注・新ホフマン係数は
26.3354(56年に対応する係数)-5.7863(7年に対応する係数)=20.5491
67歳-11歳 18歳-11歳
(5) 慰藉料(一五一〇万円)
原告の受傷の部位・程度・入院期間並びに後遺症の程度・年令等を考慮すると、傷害慰藉料は二六〇万円、後遺症慰藉料は一二五〇万円をもつて相当とする。
(6) 弁護士費用(二〇〇万円)
原告は、本件事故による損害賠償請求訴訟の提起追行を原告訴訟代理人に委任し、その手数料謝金は高知弁護士会報酬規程に従い支払う旨約したが、これは二〇〇万円をもつて相当とするところ、右費用も本件事故と相当因果関係を有する損害である。
(7) 合計
以上のとおり、原告の被つた損害の合計は六一七七万五八五〇円となる。
4 損益相殺
原告は、本件に関して左のとおりの金員を受領しているので、前項記載の損害に充当する。
(一) 自賠責仮渡金 四〇万円
(二) 自賠責保険金 一一七九万円
5 請求
よつて、原告は、被告に対し、残金四九五八万五八五〇円の損害賠償債権を有するところ、右の内二五〇〇万円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和六〇年一月一三日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1のうち、その主張の日時場所において、原告運転の自転車と被告の妻章子運転の軽四輪貨物自動車との交通事故が発生したことは認めるが、その余の事実は知らない。
2 同2の事実は認める。
3 同3のうち、原告が本訴の追行を原告代理人に委任したことは認めるが、その余の事実は知らない。
4 同4の事実は認める。
5 同5は争う。
三 被告の抗弁
1 原告には重大な過失があるので、被告は過失相殺を主張する。
本件事故現場は、章子が進行していた幅員四・六メートルの直線道路に幅員二・九メートルの道路がやや斜めに交差した場所であり、右交差点付近の見通しは良くなく、しかも、当日は雨天であつた。
しかるところ、原告は、右幅員二・九メートルの道路から片手で傘をさして自転車を運転し、右交差点に入つたが、その際、一時停止をせず、安全を全く確認せず飛び出したため、章子はこれを避けることができず、章子運転の車両の左前方と原告自転車の右サドルが左路側帯付近で接触して本件事故が発生したものであり、原告の過失は重大であり、その過失割合は、原告八、章子二をもつて相当とする。
2 原告は、請求原因4の金額のほかに、次のとおり弁済している。
(一) 自賠責保険より三八八万円
(二) 昭和五八年一一月九日一〇〇万円
四 抗弁に対する原告の認否
1 抗弁1の事実は否認する。
章子は、本件事故現場を進行するに当たつて、徐行義務があつたのにこれを怠り、制限速度を超える時速四二キロメートルで、しかも前方注視を欠いて、光明院車を運転していたもので、本件事故は章子の一方的過失によるものである。仮に、原告に過失があるとしても、一割を超えるものではない。
2 同2の事実は認める。但し、(二)の一〇〇万円は、本訴において請求していない損害、即ちヨガ訓練に係わる費用、子鹿園入園費、家庭教師代等に充当した。
第三証拠
証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載と同一であるからこれを引用する。
理由
一 事故の発生及び責任
昭和五八年一〇月八日午後三時一五分ころ、本件事故現場において、原告運転の自転車と被告の妻章子運転の軽四輪貨物自動車(光明院車)との交通事故が発生したこと、被告が右光明院車の保有者であること当事者間に争いがない。
二 原告の負傷及び入通院
成立に争いがない甲第二ないし第八号証、乙第一六ないし第二一号証、証人十萬善守の証言により真正に作成されたと認められる甲第一一号証の一、証人十萬善守及び同十萬千鶴の各証言によれば、原告が、本件事故により、外傷性脳内出血の傷害を受けたこと、並びに請求原因3(一)の事実(但し、症状固定日は昭和六〇年一月一〇日、子鹿園における症状固定日までの入院日数は二五二日)を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。
三 損害
1 治療費
成立に争いがない甲第九号証の一ないし六によれば、原告が高知医科大学医学部附属病院に対し、原告の治療に関する診療料金として合計八七五〇円を支払つたことを認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。
2 付添費
前掲の甲第一一号証の一、証人十萬善守の証言により真正に作成されたと認められる甲第一〇号証の一ないし一二、証人十萬善守及び同十萬千鶴の各証言によれば、原告は、前述の近森病院及び同分院に入院中、付添を要する状態であり、特に入院当初の一〇日間は、二四時間付添を要したこと、昭和五八年一二月一日から昭和五九年四月九日までのうち、一〇四日間は職業的付添婦を雇用し、その費用として二九万〇一〇〇円を支出したこと、右期間を除く八一日間は、原告の父又は母が付添つたことの各事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。そこで、付添費用としては、入院当初の一〇日間については一日当たり六〇〇〇円、その後昭和五九年一月三一日までの六二日間は一日当たり三五〇〇円、その後同年四月九日までの九日間は一日当たり一五〇〇円が相当と認められるから、その合計は二九万〇五〇〇円となる。
3 入院雑費
前述のとおり、原告の近森病院、同分院及び子鹿園における入院日数は合計四三七日となるところ、入院雑費は一日当たり一〇〇〇円が相当である。そこで、その額は、合計四三万七〇〇〇円となる。
なお、密教ヨガ修道場入院研修については、これが原告の治療上必要なものであつたとの立証がないので、その入院期間中の入院雑費はこれを本件と相当因果関係のある損害とはなし難い。
4 後遺症による逸失利益
前記のとおり、原告には、知能の低下、並びに、右上下肢の痙性麻痺、知覚障害、右手機能全廃、右跛行等の後遺障害があり、これによれば、原告は、終身労務に服することができないと認められるところ、証人十萬善守及び同十萬千鶴の各証言によれば、原告は、前記症状固定時の昭和六〇年には満一一歳で、本件事故前は健康な少女でであつたことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。そこで昭和六〇年度全国女子労働者の一八歳の平均年間給与額一五七万四二〇〇円を基礎として、その一〇〇パーセントに新ホフマン係数二〇・四六一一(五六年に相当する係数二六・三三五四から七年に相当する係数五・八七四三を控除したもの)を乗じると、三二二〇万九八六三円となる(一円未満切捨)。
5 慰藉料
原告の受傷の部位、程度、入院期間、後遺症の程度等を考慮すると、本件事故により原告が被つた精神的苦痛に対する慰藉料は一五〇〇万円(入通院に対する分として二五〇万円、後遺症に対する分として一二五〇万円)を下るものではないと認めることができる。
6 過失相殺
(一) 成立に争いがない乙第一ないし第五号証、検証の結果(第一回)によれば、次のとおり認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。本件事故現場は、高知県南国市田村から高知市高須へ東西方向へ通じる幅員四・六メートル(但し、路側帯北側一メートル、南側〇・九メートルを除く)の県道(田村高須線、以下、本件県道という)に幅員約二・九メートル(但し、その東側に幅約一メートルの有蓋側溝があるが、これを除く、)の市道(以下、本件市道という)が南東方向から交差する交通整理の行われていない三叉路であるが、章子は本件県道を東から西に向かい進行していたもので、その進行方向に向かつては、右三叉路の左手前に倉庫があり、見通しはよくない、但し、交差点中央には、三叉路を表示する白ペンキのT字型の表示が存在した。本件県道の本件事故現場付近における指定制限速度は時速三〇キロメートルであつた。そして、原告は、本件市道を傘を片手にさして自転車で進行し、本件交差点に入り、本件事故となつたものである。
(二) 章子の本件事故時の速度について検討するに、前掲の乙第一ないし第五号証、成立に争いがない乙第二五ないし二七号証、検証の結果(第一回)、鑑定人林洋及び同江守一郎の各鑑定の結果(以下、前者を林鑑定、後者を江守鑑定という)によれば、時速約三〇ないし三五キロメートルと認めることができ、これを覆するに足りる証拠はない。なお、林鑑定は、これをおよそ時速四〇キロメートル強とし、これは、原告の転倒距離と、補足的に光明院車が路側に転落した後の滑走距離を根拠にしている。また、江守鑑定は、これを三〇ないし三五キロとし、その根拠として、原告及びその自転車の転倒距離、光明院車の路側転落時の飛翔距離、衝突後転落までの曲率半径を挙げる。ところで、原告及びその自転車の転倒距離については、実況見分時の章子の指示説明、検証時の当事者の指示説明、証人の供述が大きく食い違い、これを確定することは困難であつて、これを根拠とする部分は直ちに証拠とするには躊躇せざるを得ないところである。そこで、事故現場に残された痕跡のみによつて判断できるものを検討すると、光明院車の路側転落時の飛翔距離からは右転落時の時速は約二五キロメートルと認めることができ、衝突後転落までの曲率半径からは時速約三五キロメートル以下と認めることができるが、衝突後転落までの速度が一定であつたとはいえず、少なくとも転落時の速度は、右のとおり時速約二五キロメートルであつたことに、前掲の乙第二五ないし第二七号証の章子の供述内容を総合すれば、前記のとおり時速約三〇ないし三五キロメートルと推認すべきである。
(三) 次に、原告が、本件県道に入るに当たつて飛び出したものか否かについてみるに、成立に争いがない乙第二二号証によれば、原告は、本件県道に入る地点で左右を見たが何も来ていなかつたので県道に出たが、そのとき止まつたか否か分からないと述べる。しかし、原告は、前記のとおり、外傷性脳内出血の障害を受け、知能の低下という後遺障害を被つたもので、その供述は、あいまいな点が多く、かつ事故後五か月を経過してなされたものであることから、これを直ちに採用することはできないものである。そこで、更に検討するに、前掲の乙第一号証によれば、光明院車の車幅は一・三九メートルであり、その左ヘッドライトの右上(車幅の左端から約〇・三メートル辺り)に原告自転車の右ハンドル先端が当たつた跡があると認められ、これに道路幅員が約四・六メートル、路側帯の幅が約〇・九メートルであることを考慮すると、前掲の乙第四号証における原告の指示説明では衝突場所が本件県道の中央付近となつている点については疑問が生じ、検証の結果(第一回)を総合すれば、衝突地点はこれより南側であつたと考えられる。そうすると、原告が左右を見たという地点と衝突地点との距離は多くとも三メートルを超えないものというべきであろう。そして、原告が本件交差点に入るに際し、止まつて左右を見たとすれば、その場所から衝突地点に至るまでの時間は、自転車の速度を時速約五キロメートルとすれば、約二秒であると考えられるので、そうとすれば、光明院車が時速三五キロメートルで進行していたとしても、約二一メートル先にはこれを発見できたはずであり、また、衝突部位が概ね光明院車の前方左端であることから、同車が同速度で進行するときはその前を横断するのは無理な状態で横断が開始されたといえ、これらからすると、路端で一旦停止したものが、更に進行することは通常考えられないから、原告は、本件交差点に入るに際し一時停止しなかつたか、あるい安全を確認せずに飛び出したものと推認すべきである。
なお、林鑑定は、原告が一時停止したとし、その根拠として、衝突によつて飛ばされた原告の身体、自転車、傘がいずれも光明院車の進行方向であり、原告自転車の進行方向への運動距離がないこと、原告自転車の荷籠の変形に後方へ引かれた変形がないことから、原告自転車は衝突時停止していたというのであるが、これについては、自転車の速度が低速である場合にも右運動距離や後方への変形が生じるのかどうか疑問があるばかりでなく、また衝突時に停止していたからといつて交差点に入る前に停止したことの根拠とならないものである。
なお、江守鑑定は、原告が飛び出したとし、その根拠として原告自転車は、衝突直後も漕がれ、その痕跡があることを挙げるのであるが、右痕跡は、事故後保管中に付けられた可能性が大きく(例えば、弁論の全趣旨により昭和六三年一一月二三日ころの現場付近の写真と認められる甲第二三号証の一の写真と検証時における写真では原告自転車のペダルの位置が異なる)この点は根拠とならないものである。
(四) 以上によれば、章子は、見通しの悪い交差点を進行するに当たり減速しなかつたもので過失はあるが、原告にも、交差道路である本件県道が原告の進行する市道より明らかに広いので、これを通行する車両の進行を妨げてはならないのに、片手に傘を差したまま安全を確認せずに交差点に飛び出したもので、その過失は大きいといわなければならず、その過失割合は六割に及ぶというべきである。
そうすると、前記損害のうち被告が負担すべきものは、一九一七万八四四五円(一円未満切捨)となる。
7 損害の填補
原告が、被告から合計一七〇七万の支払を受けたことは当事者間に争いがない。
なお、原告は、右のうち一〇〇万円については、ヨガ訓練に係わる費用、子鹿園入園費、家庭教師代等に充当したと主張するが、右主張の各損害のうち、ヨガに係わる費用についてはこれが原告の治療に必要な処置であつたと認めるに足りる立証はないし、その他の損害については、その存在及び必要性について具体的な主張立証がないので、右充当の主張はこれを採用しない。
そこで、前記損害額からこれを控除すると、残額は二一〇万八四四五円となる。
8 弁護士費用
原告が本件訴訟を原告代理人に委任したことは当事者間に争いがないところ、本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、原告が本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、二〇万円とするのが相当である。
9 結論
以上によれば、原告の請求は、二三〇万八四四五円及びこれに対する本件事故後の昭和六〇年一月一三日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当であるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松本哲弘)